東証グロース市場に上場していた株式会社オルツ(以下、オルツ)が、過去の決算で売上高を過大計上していたことが判明し、新規上場申請に係る宣誓書において宣誓した事項について重大な違反を行ったことを理由に、2025年8月31日に上場廃止となりました。
本稿では、第三者委員会の調査報告書や新聞報道から、オルツが不正を行うに至った経緯や不正の内容等の概略を取り纏めております。
全体像
◇人工知能(AI)開発のオルツは2025年7月25日、過去の決算で計上した売上高のうち最大で約9割が過大計上であったと発表しました。主力のAIを使った議事録作成サービスで利用実態の伴わない循環取引による売上を計上していたものです。その後、同28日に第三者委員会(以下、第三者委)の調査報告書を公表し、創業者である米倉千貴・前社長が循環取引を考案した背景や監査法人交代の経緯等が明らかになりました。
◇オルツは2014年11月に設立され、10年後の2024年10月に東証グロース市場に上場しました。上場時には、監査法人シドーが会計監査、大和証券が主幹事証券を担当しております。オルツは、AI議事録サービス「AI GIJIROKU」を主力製品とし、2025年3月末時点において、9000社を超える顧客数を確保しているとしていました。
◇第三者委は、2020年12月期からの5年分について影響額を調査しましたが、オルツの連結財務諸表で開示されていた2024年12月期の売上高60億円のうち82%(49億円)、2023年12月期の売上高41億円のうち91%(37億円)、2022年12月期の売上高26億円のうち91%(24億円)が過大計上だったとしております。
◇一部の販売パートナーから受注した案件において、実際には有料アカウントが使われておらず、オルツが広告宣伝費や研究開発費の名目で支出した資金が、広告代理店を経由して販売パートナーから売上代金を回収する「循環取引」が行われていました。
不正の背景及び内容
以下に、不正が行われた背景や不正の内容等を取り纏めております。
第三者委の調査内容
第三者委(委員長:小山太士弁護士)による調査は、2025年4月25日から7月24日にかけて行われました。本調査では、主力の「AI GIJIROKU」の開発、販売、広告宣伝費に関する契約書や、経理に関する資料、社内規程、取締役会、経営会議の議事録、上場審査に関する資料等の閲覧されました。また、社長の米倉氏、CFOの日置友輔氏、社外取締役の藤田豪氏、常勤監査役の中野誠二氏ら社内18人、会計監査人である監査法人シドー、前任の監査法人、主幹事証券会社である大和証券、日本取引所自主規制法人(東証上場審査部)等にもヒアリングが実施されました。
循環取引を担う「SP(スーパーパートナー)スキーム」
オルツは、販売委託先である7社のSPを通じて、「AI GIJIROKU」の有料アカウントを付与できるライセンスを発行、販売していました。SPは本来であれば、最終的な利用者を見つけて売上代金を回収する必要がありますが、有料契約と報告していたアカウントのほとんどが利用実態がありませんでした。
対してオルツは、広告代理店に対しては広告宣伝費、研究開発業者に対しては研究開発費の名目で資金を支出しており、これらの資金が広告代理店や研究開発業者を経由する形でSPに支払われていました。SPは受け取った資金を「売り上げの回収代金」としてオルツに支払っており、これが循環取引の一連の流れとなります。
循環取引を思いついた経緯
2020年当時において、オルツは売上が計画を下回る状況が継続しており、同年4月から9月にかけては、月中の預金残高が1000万円を下回っており資金繰りが逼迫する状況にありました。一方で、資金調達をするためには、売上の実績を作る必要がありました。
そうした状況の下、社長の米倉氏は、業務委託先の企業がその業務提携先から客の紹介を受けることと引き換えに、自社の社員にサービスを使用させて対価を支払うという取引をしていると聞き、同様の取引を検討するようになったとのことです。
2021年10月に日置氏がCFOとして入社しました。米倉氏は、日置氏に対し議事録サービス販売スキームの全容を説明した際に、「SPと広告代理店が密接な関係にあるという機密情報が含まれているから、投資家には絶対に示してはならない」旨を日置氏に指摘し、日置氏もそれに同調していました。
研究開発費に及んだ循環取引スキーム
社長の米倉氏とCFOの日置氏は、株主等から「広告宣伝費が高額である」との指摘を受け、これ以上広告宣伝費を増やせないことが課題となりました。そこで、米倉氏は研究開発費として金銭を支払い、それを広告宣伝費に回して売上を維持・増加させることを考案し、2022年4月下旬以降には、米倉氏はその考えをチャットツール上で日置氏らに共有していました。
こうして、オルツは研究開発業者2社を循環取引のスキームに入れ、研究開発業者に支払った資金は広告代理店1社に集約され、オルツがSPに対して計上した売上代金を回収するための資金に充てられました。各社に対する資金移動についてその裏付けとなるライセンス発行や広告・研究開発業務の実態はほとんど認められず、オルツから広告代理店、研究開発委託先、SPのそれぞれに手数料を支払ったうえで資金を循環させていました。
前監査法人「循環取引ではない心証を得られない」、上場前の会計監査人の変更
オルツは上場準備のため、ある監査法人から2020年12月期、2021年12月期の会計監査を受けていました。当時の監査法人は「販売代理店と広告代理店が同一の企業グループであって循環取引のおそれがある」「現在の状況では循環取引ではないと心証を得るための十分な監査手続きが実施できない」等と問題点を指摘しており、2022年10月、2021年12月期の監査を完了できず、監査契約を解約するに至りました。
監査法人シドー、決算数値に疑念を抱かず
オルツは2022年9月に監査法人シドーと監査契約を締結し、同監査法人がオルツの会計監査人に就任しました。前の監査法人からの引き継ぎでは「循環取引の疑念が生じた」との議事録があり、監査法人シドーはこの時点では明確に不正の疑いがあることを認識していました。ただし、オルツは広告代理店との間ではあたかも広告宣伝活動の実態があるかのように証憑類を作成してやり取りし、支払いも実際に実行する等、取引の外観が整えられていたため、監査法人シドーが決算数値に疑念を抱くことはありませんでした。監査手続きとしては、売上高計上の根拠となる契約書、請求書、納品書、入金証憑の確認で十分であると判断し、販売代理店が配布したアカウントの実在性を確認する必要があるとは判断していませんでした。
オルツは、ベンチャーキャピタル(VC)をはじめとする株主、会計監査人、主幹事証券、取引所に実態とは異なる説明・回答をしており、結果として、監査法人シドーによる監査証明を得て上場に至りました。
VCに「循環取引は認定されず」と説明
2022年4月までにオルツに出資したVC等の株主は、2022年8月25日及び26日に、オルツが主催した「重要事項の共有説明会」において、前の監査法人が指摘した資金還流の疑義について説明を受けています。
この説明会でオルツは、前監査法人担当パートナーのコメントとして「監査法人として不適切な取引(循環)だと認定したわけではない」「監査手続きとしては売上取引の検証は十分なところまでやっていただいたと我々としては思っている」等と紹介し、監査法人の指摘の趣旨を矮小化する説明をしています。そのうえで、オルツはVC等に対して「監査法人の担当パートナーから売上の実在性を認められたというコメントを得られた」と説明し、「監査契約継続困難となるということは、監査法人本部として本取引の外観自体が受け入れられなかったという極めてコンサバなスタンスが原因だ」と主張、事実と異なる説明をしております。
主幹事に「バーター取引」を疑われ、改ざんした資料を提出
オルツは2024年6月、東証に新規上場を申請、同年9月にグロース市場への上場が承認されましたが、上場承認後、主幹事証券から、オルツにとって販売先であると同時に外注先でもある取引先が存在し、その取引先との間で議事録サービスの販売と商品・サービスの購入を交換条件とする「バーター取引」が疑われ、その調査が必要だと伝えられました。
日置氏は、「取引実態がわかれば問題ないが、循環が発覚すれば上場が延期になる」と認識し、米倉氏らに伝えたうえで、販売代理店と締結済みの業務委託契約書の元であるワードファイルから「弊社のAI GIJIROKUツール(ビジネスプラン/月額20万円)を利用登録すること」という文言を削除し改ざんした資料を主幹事証券に提出しました。結果として、上場の可否に大きな影響を与えうる主幹事証券からの資料要求に対して、オルツは複数の改ざんした資料を提出していたことになります。
東証にも事実と異なる説明
オルツは、東証上場審査部に対しても、広告宣伝費と研究開発費についてあたかもその使途において支出していたかのような説明をし、監査法人の交代についても「前監査法人の(指摘していた)当時の課題はすべて改善されている」という事実と反する回答をしました。こうして上場審査を巧妙にすり抜け、オルツは2024年10月、東証グロース市場に上場し、初値ベースの時価総額は190億円を付けました。上場から半年後、オルツが証券取引等監視委員会による調査を受けたことで不正会計の疑惑が表面化しましたが、その間、投資家は虚偽の決算書に基づき、株式を売買していたことになります。